現地に馴染めない系の海外在住者の誓い
今週のお題「行きたい国・行った国」

半年間の一時帰国があっという間に終わり、先日オーストラリアに戻ってきた。
気軽に会える友人はおらず、徒歩圏内にコンビニすらなく、まだ一人で運転もできない孤立生活がまた始まった。パートナーや彼の家族はいつもとても良くしてくれるし気遣ってくれるが、それでも埋まらない気持ちがある。外交的な人間にとって、人と会えず自由な行動を制限される生活は、世界の半分がなくなったような感じだ。
この生活に戻るのが本当に嫌で、オーストラリアへ戻るのは正直かなり憂鬱だった。
しかし一時帰国中、ペーパードライバーからサンデードライバーに昇格した私は、車を運転する爽快感、自分で行ける場所や選択が広がる楽しさを学んだ。自分の行動や心持ち次第で生活が変わる経験ができたことで、オーストラリアでも楽しむ工夫ができるのではないかと、少し前向きになった。
ということで、自分へのリマインドも兼ねて、次の一時帰国までの豪州生活での3つの誓いを書いておく。
行ってみたい場所やイベントを自分から積極的に探す

一時帰国の際、十数年ぶりに長期間実家で過ごしたのだが、何もないと思っていた田舎でも面白そうな場所やイベントが結構あることに気づいた。名前だけは聞いたことがあるけど一度も行ったことがなかった場所や(地元民あるある)、地域活性のためのイベントなど、思っている以上に興味をそそるものがたくさんあった。
家族や友人が紹介してくれることもあったし、出先でふとポスターやチラシを目にして知ることもあった。限られた一時帰国期間、週末は積極的に出かけようとネットで地域ニュースを調べてみると、毎週様々なイベントが県内で開催されていた。
子供の頃は退屈以外の何者でもなかった地元だが、大人になって行動範囲と視野が広がると、こんなに深みのある場所なのかととても新鮮だった。
おそらく私はオーストラリアでもすごく狭い範囲しか見てなかったのだな、と反省した。「ここは田舎だから」と高を括り、楽しそうな場所やイベントを探したこともなかった。だからこれからは能動的にローカル情報をチェックし、週末に出かける回数を増やしていこうと思う。
日本製品への依存を減らす
これはオーストラリアでの日常生活をエキサイティングに楽しむために決めたことで、数多くの失敗を経験するだろうなと思っている。
日焼け止めや化粧品といった日用品が主なのだが、これまでは日本にいる家族から送ってもらったり、こちらに移住した際に余分に持ち込んだものを使い続けていた。
おそらく海外在住者あるあるで、使い慣れた日本製品が一番信頼できるため、大量に買い込んで滞在先に持ち帰ったりする。私もお気に入りの化粧品を買い込んでいこうか迷ったのだが、どうせなら現地で手に入るお気に入りを見つけた方が今後絶対に便利だ。なくなってしまうのが勿体無くてちびちび使ったり、航空便や船便で送られる補充品が無事に手元に届くか毎回心配する必要がないのだから。
ということで、私の場合はオーストラリアで手に入る日用品のお気に入りを見つけられるよう色々試していこうと思う。
(でももしこれから初めて海外へ中長期で滞在しようとしている方がいたら下記を確認してください!*1)
店員さんや街の人に笑顔で接する

私は誰とでも気持ちのいいコミュニケーションを取りたいので、どんな人とも笑顔で会話するようにしてきた。接客業での経験から、口角を上げて朗らかな雰囲気を醸し出す「お客様向けの表情」をうまく作れるようになったこともあり、外出すれば無意識に【外面(そとづら)】をつけて人と接している。これを苦に感じたことはほとんどない。
しかし移住して気がついたのは、言葉が不自由でコミュニケーションに不安が出てくると、笑顔を作る余裕など途端になくなってしまうことだった。
そして「周囲がどのように私を見ているか」という負の自意識が芽生えるようになった。ここで私は【外国人】だからである。オーストラリアで私はマイノリティであり、場合によっては差別の対象になりやすい(かもしれない)。子供の頃から自己肯定感だけは異常に高かった私が、こんなに他者の視線が気になったのは初めてだった。
「ぶっきらぼうに返されると傷つく」ことよりも、「差別されたのではないか」ということの方がもっと怖い。
「日本ではこんなことなかったのに、日本では簡単にできたのに...。」
新しい環境でまだ自分ができないことが目につき、少しずつ自尊心を削っていく。だから日頃の小さな心がけから、オーストラリアでの自己肯定感を高めていこうと決めた。
笑顔が返ってこなくてもいい、素っ気ない態度をされてもいい、それでも私は笑顔で接しようと思う。
言葉が完璧じゃなくても、にこにこ機嫌が良さそうな【外国人】になり、少しずつ今いるコミュニティに馴染んでいきたい。
いざ戻ってきてみると...

なんだかんだで3年近く住んだ家と町。いざ戻っていると思っていた以上にマイホーム感があった。通りを歩くと鼻をかすめる洗剤や香水の匂い、食欲を刺激する揚げ物やスパイスの匂い。夏の日差しと道路の匂い、日曜大工中の家から漏れるペンキの匂い、少しだけ感じる海と砂浜の匂い。「これも私の日常だったな」とホッとした気持ちになった。
オーストラリアでも自分に自信を持ってハッピー野郎として過ごせるように、3つの誓いを忘れずに日々を過ごしていきたい。
過去の旅行記▶︎
*1:※
もしこれから初めて海外へ中長期で滞在する予定の人が読んでいたら注意してもらいたいのですが、日本で服用していた薬は少し多めに持っていったほうが良いと思います。自分に馴染んだ処方薬はしっかり頼ってください。
私はアトピー持ちで肌が弱いのですが、オーストラリアの現住所に引っ越してから肌荒れが始まりました。現地の医者から処方された薬もあまり効かず、一時帰国するまでの2年近く、全身のひどい肌荒れに悩みました(小さい頃から私の肌トラブルを見てきた母ですらドン引きするレベルでした)。
おそらく水が原因で(この地域の水道水は飲めますが少しカルキくさい)、硬水+少しカルキくさいシャワーを浴びるたび、【肌が乾燥する→肌のバリアが弱くなり、かゆくなる→掻きむしって荒れる→清潔にしようとシャワーを浴びる→さらに乾燥し悪化】の負のサイクルをずっと繰り返したのではと推測しています。素人判断ですが。
なぜ水だと思ったのかというと、帰国後日本のシャワーを浴びただけで肌の潤い具合が全く違ったからです。すぐにかかりつけ医から処方薬をもらったのもありますが、水でここまで変わるのかと驚きました。帰国して2ヶ月ほどで、1年以上悩んだ肌荒れが綺麗に治りました。
現在はフィルター付きのシャワーヘッドを購入し使用しており、今のところオーストラリアでも肌トラブルはありません。
しかしこのように想定外の体調不良が起こる可能性もあり、それが長引いてしまう場合もあります。こうした私の経験から、最初の渡航では「まあなんかあっても現地で調達できるだろう」と楽観的になり過ぎず、処方箋は少し多めに持っていった方が安心できると思います。医療に関しては、まずは馴染みあるものに頼ってください。
セルフジェルネイルで始まった瞑想習慣
なるほど、田舎にはネイルサロンがないのか。

2022年11月頃からセルフジェルネイルを始めた。
理由は2つ。田舎過ぎて近くでサロンが探し出せなかったのと、白単色ネイルにしてみたかったため。冬場、厚手のセーターやコートの袖口から白いネイルをのぞかせたら絶対可愛いだろうと思い付いた。ゴールドのゴツい指輪をはめても良い。
白ネイルはポリッシュ(いわゆるマニキュア)でもできるが、エナメルが薄付きなためか綺麗に色を出すのが難しい。層を重ねて塗っても、うっすら自爪の色が透けてしまう。
それにしても、田舎にはネイルサロンのチェーン店すらないのか。
都市部やそこそこの地方都市であれば、駅ビルや繁華街、ショッピングモールを探せば何店舗も簡単に探し出せるのに。ほとんど店舗がヒットしなかったホットペッパーの画面を前に、私は愕然としてしまった。
どうやら個人店でネイル施術を行なっている方々はいらっしゃるようなのだが、予約へ踏み切るには情報が少なかった。ジェルネイルをお店で施してもらうのは決して安くはない。単色でも3,000円はするし、見惚れてしまう素敵なデザインを依頼すれば10,000円を超えることもざら。もちろんネイルケア、そして美しいまま長持ちするジェルネイルを施せるのはプロの技であり、60~90分と時間もかかる。相応の価格だが、だからこそ自分が納得したお店でお願いしたい。
よし、単色ネイルくらいは自分でやってみよう。
百均ジェルネイルの評判を友人から聞いて、どうせ一時帰国中で気軽に百均に行けるのも今のうち。すぐにジェルネイル一式を買いに行った。
田舎暮らしはクリエイティビティとDYI精神が育まれる。
スターターセットは百均にて1000円あれば揃う
日本はすごい。
百均でジェルネイル用品もUV/LEDライトも全て揃う。
百円ネイルカラーの発色や持ちの品質に少し不安はあったが、実際に使用すると初心者の私にはほぼ問題なく、初期投資1000円ほどで始められるので失敗しても痛手はない。
・カラージェル / ホワイト
・アセトン入り除光液
・UV / LEDライト(こちらは税込¥330)
を購入して合計¥770。
爪やすりや甘皮を処理するプッシャーはすでに手元にあったので購入せず。
他にもはみ出たジェルを拭き取るウッドスティックや、ネイルオフの際に使用するコットンなども必要なのだが、ウッドスティックは爪楊枝で代用できそうだったし、ティッシュを使えばコットンは要らないだろうと初回は買わなかった(結局後ほどどちらも購入。YouTubeやブログにて多くの人が「必需品リスト」に入れている理由がわかった。)
いざ、塗装!
1回目は自己流で塗ってみた。というかポリッシュ同様、ベース→カラー→トップコートで塗り、それぞれの工程でUVライトによる硬化を行えばいいものだと思い込んでいた。カラーは2度塗りすればぱっきりとした白になり満足した。
しかし1週間もせずにステッカーのように剥がれてしまう。やはり百均に期待し過ぎてはダメか...と思ったが、それにしても硬化したネイルがこんなにするっと落ちてしまうものなのか?
疑問に思いYouTubeを検索すると、Chicca Nailさんの動画に行きつき、自分のやり方が間違っていたことにわかった。
この動画の方法で塗り直したところ、百均ネイルでもきちんと2週間以上持つようになった。よくよく考えてみれば、サロンでも下準備から時間をかけて行なっていた。いつもネイリストさんとのおしゃべりに夢中になっていたが、いざ自分でやってみると、これだけの工程を会話をしながら時間通りにきっちり仕上げるのはやはりプロ...と思わざるを得ない。私は単色を仕上げるのにも最低1時間、古いネイルのオフを含めると、いまだに3時間以上かかる。
そしてそれだけかかっても、プロが作り上げるクオリティには全く及ばない。易しそうに見える単色ネイルでも、色むらができやすかったり、一見綺麗に見えても触ると表面に凹凸があったりと、サロンでの仕上がりには敵わない。
可愛い指先がもたらす絶大な魔法

2,3回練習後の白単色ネイル。この時は2週間は持った記憶。爪よりも他の情報が多い写真。
しかし2ヶ月ほど経った今でも、私はかなり楽しんでセルフジェルネイルを続けている。絵を描くことが好きで手先もそこそこに器用な性質もあるが、毎回少しずつ自分の成長が感じられて充実感がある。YouTubeを開けばプロアマ問わず、ジェルネイル術師の先輩方が惜しげもなくレクチャー動画をアップしてくださっている。「次はこのデザインに挑戦してみよう」「手持ちのカラーでこの方法を試せるだろうか」、創作意欲が絶えず湧き出す。
そしてやはりこの創作意欲の根源は、綺麗に整えられた指先が私たちにもたらす【この上ない幸福感と絶対感】なのだ。パソコンのキーボードにふと目を落とした時、水仕事の後にタオルで手を拭く時、ドアノブに手を伸ばした時、スマホを取り出した時...24時間いかなる瞬間でも、可愛い指先が目に入ると、反射的に幸せを感じる。
フワちゃんが「見てぇ、つめカワイイ💛」とよく口にするが、あれはネイルの魔力に魅せられた人類全員が、絶対に一日一度は唱える呪文である。
セルフネイルの知られざる効果
時間がかかるセルフジェルネイルには、思いもよらぬもう一つの効果があった。
それは瞑想が出来ることである。
まず、瞑想というのは目を閉じ坐禅を組むという姿勢にとらわれなくてもいいらしい。
...「瞑想は何か」という問いに対して、まずは「心をある対象に集中すること」あるいは「心をある一点にとどめておく力と考えてみましょう。これは
(1)瞑想中に余計な雑念に振り回されないために、思考以外の対象に集中する。
(2)勉強や仕事など、ある対象に思考を集中して効率を上げる。
という二つの意味でとらえることができます。
ヨガの教えと瞑想 2020年、岡本直人
ということで、何かに夢中になっている状態も「瞑想状態」と言ってもいいようだ。
1〜2cm内の小さな爪にペイントする作業はやはり繊細さが求められる。
息を殺しながら筆先に全集中する作業は人によってはかなりストレスフルだ。しかし私の場合は「集中!集中!」と自身を鼓舞することなく自然と作業に没頭でき、無理することなく瞑想状態になることができる。
これのどこが「癒し」なのかと言うと、作業を終えた後の爽快な疲労感。
みんな、ある日の運動後、仕事終わり、時々こんな心地よい疲れを経験していると思う。この感覚は本当にやみつきになる。
私は夕食後にネイルを始めることが多く、仕事も家事も済ませた状態で心置きなく「ジェルネイル瞑想」できるこの時間は、とても大切な癒しとなっている。
また、作業頻度もちょうど良い。
ジェルネイルの耐久時間上、新しいデザインに変えるのは月に2回ほど。ネイルオフとペイント作業を二日に分けて行ったり(一度に全工程を仕上げようとすると3時間超えが確実で、さすがに集中力が保たない)、仕上がりが気に入らない爪を部分的に修正したりするので、日数にすると月に〜6日×2時間=〜12時間ほどの作業だろうか。
最近、全ての爪を一度に変えるのではなく、数本ずつ新しいデザインにしてみるというプロセスもやり方も思いついたので、これからは12時間以上ネイルに没頭するはず。
毎日できる作業ではなく、隔週で数時間ずつという制限が程よく物足りなさを残し、飽きさせないのではないか。
新しいネイルに見惚れながら、改善点を反映させた次のデザイン・色の組み合わせを考える時間もとても楽しい。
***
こうして始まった私のジェルネイル瞑想習慣。
夢中になれる新しい趣味ができた上、指先を見る度に心が満たされる小さな芸術作品を自分で生み出せるので、私のQOLは今大幅に急上昇している。
【映画】『500ページの夢の束』

「Please stand by(そのまま待機せよ)」
「Please stand by(そのまま待機せよ)」
自閉症のウィンディは、養護施設で暮らす女の子。
チェーン店「シナボン」で仕事をしている。
月曜日はオレンジ、火曜日はラベンダー、水曜日は青、木曜日は水玉、金曜日は黄色、土曜日は紫、日曜日は赤のセータを着る。
人の目を見ること、人の感情を読むとること、うるさい音が苦手で、時々癇癪を起こすことがある。小さな犬ピートという相棒がいて一緒に暮らしている。
ウェンディにはオードリーという姉が1人おり、彼女は最近女の子の赤ちゃんを産んだばかり。
ウェンディは『スタートレック』が大好きで、大大大好きで、ハリウッドのパラマウント・ピクチャーズで開催される『スタートレック』脚本コンテストに応募するために427ページもの大作を書き上げた。しかし締め切りに間に合うように郵送できなかった。
彼女は諦めきれず、施設を抜け出そうと考える。自力でパラマウントのオフィスまで届けようと決意するのだ。
ウェンディは赤のセーターを着て、スタートレックのマークを縫いつけた青いバックパックに500ページ弱の紙の束を入れる。
お腹が空いた時のためのピーナッツバターサンドも入れる。
首にはいつものように、ストラップのついたメモ帳、iPod、施設長のスコットとコミュニケーションを取るためのホイッスルを下げる。
パラマウントオフィスがあるLAまでは数百キロの距離。果たして彼女は2月15日(月)の午後5時の締め切りまでにオフィスにたどり着けるのだろうか。
相対的な長所と短所と付き合いながら生きる
この世には完璧な人間なんていなくて、みんなそれぞれの長所・短所と付き合いながら生活している。というか「いい」「悪い」は相対的なもので、その人の個性・特徴が時や場所によって長所や短所に変化しているのだと思う。
ウェンディの場合は自閉症という個性を持っていて、これは社会生活の面から見ると欠点と捉えられる特徴が多かったりする。
だけど創作という面においては、ウェンディはとても素晴らしい長所を持っている。短期間で数百ページもの脚本を書き上げる集中力、決めたことを最後までやり遂げようとする意思力、そして好きなもの(スタートレック)をずーっと好きでいられることも一つの長所であり、才能だと思う。
私は、自分は持てなかったウィンディの長所が羨ましくて、この映画を何度も見返してしまう。
私は飽きっぽいし、集中力の短さは天下一品だし、好きなものもコロコロ変わる。特に彼女の長所が物書きとして活かされているから、同じように物書きを目指している私はものすごく羨ましく思う。と同時に、彼女の姿を見ていると励まされる。
それに彼女との共通点もある。
ウェンディは創作の脚本を書くが、その内容には彼女自身の経験が反映されている。その様子は時々、受け入れるのに苦労している出来事を『スタートレック』というフィルターを通して少しずつ受けとめようとしているようにも見える。彼女の脚本と彼女の現実はリンクしているのだ。
私はこうやってブログという直接的な形で自分に起こったことや感情の変化を書き上げているけど、これは意識では捉えきれてない言語化できていない感情に向き合う作業だ。
例えば今回、『500ページの夢の束』という映画の記事を書きたいと思った時に、まずなぜこの映画が好きなのかと自問した。最初に浮かんだ回答は、「映画の色使いやウェンディが持っている小物、服装が好きだから」というものだった。
しかしよく考えると、映画の色彩やファッションが好きだけど見返さない作品もある。それらとの違いはなんだろう、なぜ、『500ページの夢の束』は私のお気に入りなんだろう、と深く考えていったら、最終的に「ウェンディが羨ましくて、彼女のようになりたいから」という答えに辿り着いた。ここにくるまで1週間くらいかかった。なんせ集中力がないもので、自問自答なんてめんどくさくて居心地の悪い作業を長時間していられない。散歩の間や、寝る前の2分くらいや、シャワーで頭を洗っている間などにちょっとずつ考えていった。小さなスプーンで土を掘るようだった。
ウェンディと表現の方法は違うが、ものを書くという行為を通して自分自身と向き合うということは同じだ。
物書きに憧れる私は、『500ページの夢の束』のウェンディの姿に自分を重ね、私ができないことをやってのけるウィンディを羨ましく思い、そして彼女の姿に励まされ、「私ももっと努力しよう」という気持ちになる。
ダコタ・ファニングと私
それと映画本編から逸れるのだが、主役のウェンディを演じているのがダコタ・ファニングなのも私にとって特別なのかもしれない。
彼女が子役時代から活躍していたのは有名で、2001年の『アイアムサム(原題:I Am Sam)』が代表作に挙げられることが多い。だけど私の中では『テイクン(原題:TAKEN)』の中のダコタちゃんが最も印象に残っている。同作は2002年リリースのスピルバーグ監督SFドラマで、宇宙人と交流を持つ家族を描いたものだ。2003年くらいだったと思うのだが、当時wowowで放映されていて、私は小説版も買うほどハマっていた。学校の朝読書の時間にその文庫本を読んでいて、いつも携帯していたせいか、カバー写真の美少女が深く脳裏に焼き付いているのだ。だって見て、深い青い眼と桃色の肌のこんな美少女なのよ。
それから自分の成長と共にダコタちゃんの成長もスクリーンを通してみてきて、なんとなく親近感を持っている。『500ページの夢の束』は彼女の出演作の中で一番好きな私のお気に入りになった。
***
30歳を過ぎても、自分の短所に振り回され、自己嫌悪に陥り、自信をなくすことがまだまだある。どうしても短所にばかり意識が向いてしまう。
でもこれからの10年は、少しずつ自分の長所を伸ばして、やりたいことを実現させていきたいな。
人生半分以上をBBAとして生きるって事実

今年31歳になった。
自分が31歳になるとは思っていなかった。
早死にするだろうとか考えていたわけではなくて、31歳になった自分を具体的に想像したことがなかった。
中学生の頃は高校生の自分しか想像してなかったし、高校生の頃は20代前半の自分しか想像してなかった。大学生の頃は、「26歳くらいで結婚して、子供を産んで、それで歳を重ねていって...」と想像していたが、全くもって的外れな将来像だった。子供の頃からキャリア志向が強くて、子供を持つことに一度も興味を持ったことがない私が、なぜ20代で家庭を持つだろうか。
ちなみに26歳の私は大学院を修了して新社会人になったばかりで、25歳の半ばで経験した大失恋を引きずっており、結婚の「k」の字も考えていなかった。
子供の頃から妄想は得意だったが、将来に対する想像力は欠如していたんだな。
これまでの人生で一度も、アラサーを超えた自分の姿を真面目に想像したことがなかった。
しかし一体どれくらいの10代20代が、30代以降の自分を具体的に想像できているのだろう。
何歳からが「BBA」なのか問題
30歳を過ぎて、「私はもうおばさんなのか」と考えるようになった。
何歳からが「おばさん」なのか。
社会が発展するのに伴い、「子供」の期間も「青年」の期間も「中年」の期間も伸びていくが、私はやはり30歳を過ぎれば中年になるような気がしていた。
調べてみると、NHKが行った意識調査アンケートでは「『中年』は、40.0歳から、55.6歳まで」だと捉える人が多いという結果になったそうだ。
一方で、「幼年・少年・青年・壮年・初老・中年・熟年・高年・老年」という9つに分かれた年代の概念があることも発見した。「中年」という括りが「初老」の次に来るのに驚きである。
この9つの区切りに従えば、30代は「壮年」だそうだ。
「心身ともに成熟し、働き盛りとなった年代を意味する言葉」で「人生のうちで、最も活力がみなぎる年頃を指してい」る。そして「通常は30代から40代にかけて」をこう呼ぶらしい。
そして以下が「中年」に対する説明だ。
「中年」は、通常青年と老年の中間くらいの年代を意味します。
壮年期を過ぎ、高年の域に差し掛かるころまでをこう呼ぶようになっています。「中年男性」「中年女性」などのように、男女両方ともに使われる言葉です。...
「中年」が表す時期もまた、個人の意識によってそれぞれ違いがあります。性別によっても違いがありますが、一般的なところでは、大体40歳ごろから50歳中盤までを「中年」と呼ぶことが多くなっています。一方、前述の「健康日本21」では、「中年期」は45歳から64歳までとされています。( 「幼年」「少年」「青年」「壮年」「初老」「中年」「熟年」「高年」「老年」の違い – 社会人の教科書、2021年6月15日閲覧)
わかったことはふたつ。
1、30代は「中年」ではなく「壮年」と呼ぶ。
2、「中年」の定義というのは曖昧だが、人々は大体40~50代の人のことを指すと認識している。
あれ、こうなると、「壮年期の人々をおじさん、おばさんと思うか」というのが問題になってくるな。
やっぱり30代はBBAなんじゃないか問題
ネットでは、30代女性は明らかに「BBA」扱いされている。
一方で「男は30代から」みたいな意識が男女共通であり、30代男性は「おじさん」とも言われるかもしれないが、どちらかというと「壮年」の概念にふさわしいポジティブなイメージが付与されるような気がしている。「イケおじ」への第一歩的なニュアンス。
これ、ずるいな、とアラサー女は思う。
と同時に、「BBA」に対するネガティブイメージが強いのは、決して男性からの意識だけではなく、私たち自身にも原因があるように感じてきている。
私の場合、27歳を超えたくらいから、なんとなく身体的な変化に気づくようになり、これが「老い」に対する闇雲な恐怖心になっていった。
体の疲れが取れない、前ほど油物が食べられない、顔にシミができてきた...。
まあこれらは確かに「老い」なんだけども、こうした変化に細かく気づいてしまうのは、女性が多いのではないか。毎日鏡を見ながら、目元の小皺やクマ、顔全体のくすみに敏感に反応してしまう。
同世代の男性の皆さん、どうですか?
私たちと同じように、こうした小さな変化に気づいて、不安になること結構ありますか?
何が言いたいのかというと、こうした小さな「老い」のネガティブな気づきが日々重なり、毎日毎日「醜く年をとってきているババア」であると自分自身に言い聞かせてしまっているように思うのだ。それが始まるのは人によりけりだが、敏感で繊細な人はきっと20代前半でもそう思い始めるのかもしれない。
10年前は自分が老いることなんて想像していなかった。
自分の顔にシミができるはずないと思っていたし、肩こりがどう辛いもわからなかった。
しかしある日、一度「老い」に触れると、すぐにそれは体全体そして意識の隅々まで染み込んでしまう。
「老い」という観念に怯え始めた時に、私たちは老い始めるのかもしれない、と思う。
人生半分以上をBBAとして生きることになる
もし、私のようにアラサーで「BBAの自覚」を感じる人が多いのなら、人生100年時代、私たちは人生の半分以上をBBAとして生きることになる。
だから私は、これから老いを受け入れていく心構えを身につけていく必要がある。
なんていうとかっこよく聞こえるけど、単純に「イケてるBBA」になりたい。
そう決意した私の最近の課題は、ロールモデルになるお姉様方の調査である。
「身ウチ」が増えれば生きにくい?

親や兄弟になんとなく意地悪になってしまう、親しい友達の行動・言動になんだか苛立ちを覚える、あれ、なんなんだろう。
先日、近しい人に無駄にイライラしてしまう出来事が続いて、自分の驕りと心の狭さに自己嫌悪になりながら、この現象はどうして起こるんだろうと考えていた。
そしてたどり着いた結論は、近しい関係の〈その人〉を〈=(イコール)自分〉と考えてしまうから、だと思った。
「ウチ」と「ソト」、そして「ヨソ」
日本語を言語学的に勉強したことがある人は、「ウチ」と「ソト」という概念を読んだことがあると思う。
ちなみにこれは日本語学習者も勉強するので、日本に留学経験のある我がパートナー(オーストラリア人)も「AH!Uchi to Soto ね!」と理解している。
以下は、言語学者の三宅和子氏による「日本人の言語行動パターン -ウチ・ソト・ヨソ意識」を参照した説明になる。
「内(ウチ)」というのは「家族、自分の会社の人、自分の属するグループなど *1」、生活において自分に近い人たちのことを指す。
「外(ソト)」は「親しくない人、他人、他会社の人、他グループの人など *2」、普段自分とはあまり関わりのない人たちのことだ。

このシンプルな二つのグループを、三宅氏はさらに多層化して捉えることを提唱している。
円の中心に「自分」がおり、そのから順々に「ウチ」、「ソト」そして「ヨソ」と層が広がっていく。
ヨソというのは、「自己やウチとは関係がないがなにかのきっかけで関係をもちえる人」を指し、例として通行人や電車の中で一緒に乗り合わせている人などを挙げている。
三宅氏によるソトは、従来のものとは意味合いが少し変わってくる。
三宅氏的ソトに属するのは、「ごく親しくはないがウチ、自己と関連がある人」である。自分と同じ会社の人、同じ学年の人など、親しくはないが生活圏を共にしている人に追加して、〈母の職場の人〉や〈友達の家族〉なども含まれるのかなと思う。
「ヨソ」という概念もなるほど!と膝を打ちたくなった。
「他所様に迷惑をかけるな」という時の「他所様」とは、物理的にも精神的にもなんの繋がりもない人のことは想定していない。あくまで自分と関わりがある、もしくは関わりを持ち得る人のことを指している。
「ウチ」の人と自分の境界線
三宅氏の論文を基に3つの概念を紹介したが、今回注目するのは「ウチ」の人と「自分」の関係性である。
冒頭で私が示した問題は、「親しい人の行動や言動に苛つきやすいのはなぜか」という事だ。
私は、この「ウチ」の人と自分の境界が時々曖昧になってしまうから、彼らに対して感情が激しく動くんじゃないかなと思う。
家族や親しい友達、同僚などにイライラしてしまう時、無意識に頭のどこかで「なんでそんなことするんだ、私だったこうするのに」と考えてはいないか。
彼らを「私(自分)」の延長上に捉えてしまって、自分の期待するように行動しないと腹が立ってしまう。自分の手足を自分が思うように動かせずに憤るのと同じ。
しかしちょっと待て、彼らは自分とごく近い「ウチ」の人ではあると同時に、自分とは別の人格を持った〈他人〉でもあるのだ。身近であればあるほど、甘えられる存在であればあるほど、自分とその人の境界線が曖昧になってしまう。
三宅氏は言う。
「日本人の自己が時にはまわりの『内』と同化する現象はあっても、自己はあるはずである」
そう、私たちには自己がある。そして同化しうる「ウチ」の人間は、紛れもない他人でもある。誰かに苛立ちや憤りを感じた時、彼らは私が制御する人形ではなく、独立した意思を持った個人であることをちゃんと思い出さなくてはいけない。
「ウチ」の範囲が広がると、生きにくい?
時々、他人に対して過剰に固執して怒っている人に遭遇したりする(簡単に済ませらせないほど複雑な状況だったり、距離をおこうにも置けなかったり、やむにやまれない様々な場合は無限に存在していることもわかってるよ)。
「ウチ」の範囲が広がりすぎると、無意識に他人と同化する回数も多くなり、自分の思い通りにいかずにイライラしてストレスを溜めることも多くなるのかなぁ...と黄昏れたりする。距離感を意識することって大事だよなあ、と。
しかし同時に、あまりにも他人との境界線を意識して生きるのも、ちょっと寂しくはないかと思ったりもする。だって無意識に共感できる「ウチ」の人が減るわけで、精神的に近い信頼のおける存在が減るわけだから。
他人に感情をかき乱されたくないから「ウチ」の人を最低限に止めるのも、生きやすいかもしれない。だけどそれはそれで、孤独だよなあ...。
【参考文献】
三宅和子、2007年「日本人の言語行動パターン -ウチ・ソト・ヨソ意識」(2021年7月4日閲覧、https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/records/6191#.YOGlARMzZQI)
【脚注】
*1、*2 平林周祐・浜由美子(1988)『外国人のための日本語例文・問題シリーズ10 敬語』 荒竹出版
自分の機嫌を自分で治せるか

私は海外の田舎に住んでいて仕事は完全在宅で周りには友達もいないので、ひねもす家にいる。
通勤や移動もなく、手のひらに収まるほどの人としかコミュニケーションを取らないので、身体的にも肉体的にも力が有り余っている。オフィス勤めのサラリーマンからは羨ましがられそうな生活をしているが、この生活でも不安や不満やストレスは発生する。今は東京で会社勤めをしていた頃が恋しい。
あらためて人間は本当にわがままで貪欲なのだと自覚させられる。
こんな家猫とほぼ変わらない暮らしで時間ばかりはたっぷりあるので、余計なことばかり考える。こうやって古代ギリシャ哲学は発達したのだな。
カゴの中
私の家の周囲には店が1件、カフェ兼小さな商店で15時には閉まる。家近くのバス停から町へ出るバスは1日数本で、車で20分ほどのショッピングモールへ行き来するのも、バスを使うと1日がかりである。
車がなければお話にならない場所なのだが、国際免許の期限も切れ、そもそもペーパードライバーで自分の運転スキルに全く自信がないので、車はまだ持っていない。いつかは免許を取らなくてはと思いつつ、免許取得に時間がかかるオーストラリアで二の足を踏んでいる(詳しいシステムの説明は今回は省略)。
車も持っておらず、アップダウンの多い地形でまともに自転車にも乗れない私の移動手段は、もっぱら徒歩である。
しかし平日日中は6〜8時間ほど在宅稼働しているので、そうそう簡単に買い物すらいけない。なぜならスーパーに行くのも徒歩で往復80分、買い物をする時間を含めると120分ほどかかる。さらにトイレットペーパーだ牛乳だを1人で抱えて帰るとさらに時間がかかるし、運べる物量と時間数を考えると全く効率的でない。だから週末にパートナーの運転する車でまとめて買い出しに出かけるのである。
パートナーの力がなければ私はほとんど何もできない。
皮膚科の薬をもらいに医者に行くのも、気になった化粧品を買いに行くのも、買い忘れた消耗品をスーパーに買いに行くのも、彼の力を借りて、彼の時間を割いてもらわないと私がやりたいことができない。必要なものが手に入らない。
1週間に1回は、自分の無力さに呆れて腹が立ってくる。
時々、自分で何にもできないことの悔しさに涙が出てくることもある。
こんなカゴの中みたいな生活の中で、私はどんどん老いていくのかと底知れない不安と恐怖を感じることもしょっちゅうある。
こちらに移住するのは自分で決めたことだ。東京での生活と比べても何も始まらない。
というありきたりな自戒の言葉を何度も心の中で唱えたが、それでもグルグルする精神状態。
カゴの中から抜け出すか、それとも
東北の人口数万規模の町で育った私は、小中学生の頃の生活を思い出す。
ど田舎とまでは行かないが、義務教育を受けている最中の子供が移動できる範囲は非常に限られていて、買えるものも選べるものも、雑誌やテレビで見るものとは大きな違いがあった。隣の大きな町やジャスコに行ったとしても、行く場所、手に入るものの選択肢はそこまで変わらない。
父は「場所は関係ない」とよく口にしていたが、上京した私が思ったのは「場所で大きく変わる」だった。正直、この考えは今も変わらない。
限られた条件で自分の満足させるには、創意工夫が必要だ。
限られたツールと限られた環境の中で、自分を満足させるには色々なアイディアでやり方を工夫しなくてはいけない。
制限のある中で多彩なクリエイティビティを発揮できる人もいるが、私はその能力に長けていない。何をするにもまず十分に道具を揃えたいと思ってしまうし、なければ自分で作るより買ってしまおうとする。私の欲求を満たすモノやコトはいつも自分の「外側」にあるから、それらにアクセスする手段が絶たれると私はすぐに行き詰まる。
だから、自分の機嫌の取り方も下手くそなのだ。
20年前。とある週末。
多忙な平日に両親は疲れ果て、子供を連れて外出する余力がないステイホームな週末。
テレビをつけてもつまらないゴルフの中継、友達と遊ぶ予定もなく、宿題も片付けてしまった。プレステ、漫画、カードゲーム、暇をつぶすおもちゃはたくさんあったけど、どれも今は魅力的じゃない。
そんなとき、私は何をしていたんだろう。
自分の機嫌の取り方
何をすれば楽しくなれるのか、気が晴れるのか。
限られた条件で、自分の力でご機嫌になれる方法はなんなのか。
カゴの中で少しでも文化的に生きていくために、少しでも30代女の自尊心を回復させるために、「何もせずに日々を過ごしていく」ことに絶望せずに過ごしていくために、自分の機嫌をうまくコントロールすることが大事なのだと感じている。
忙しかったり悩み事が多かったりするとこんなことは考えずに済むし、目の前の課題をやっつけていくだけで何かを学べ、成長もできる。
そして私の大好きな東京はモノや場所に溢れていて、簡単に気を紛らわすことができた。能動的に「楽しいもの」を探さなくても、自分が機嫌よくなるための選択肢はたくさんあった。
自分で稼げるようになってからは、買い物することが暇つぶしだった。
そんな自分の姿にうっすら疑問を抱いても、深掘りして考えることもせず、すぐまた日常の忙しさの中に忘れていった。
今、そのツケがきているのかもしれない。
だから自分の機嫌の取り方を学ぶため、こうしてパソコンに向かっている。
最近は水彩画も始めてみた。これはすごく楽しくて自分の成長が視覚的にわかりやすいためどハマりしているのだが、また私の悪い癖ですぐ新しいツールを買おうとしてしまう。そうじゃない、今持っているスキルとツールで生み出せるお気に入りの作品を追求しなくてはいけないのだ。
子供の頃の私の特技は絵を描くことで、好きなことは本を読むことだった。
都会サラリーマンは田舎キャンプの夢を見る

AM4:40 アラームが鳴る数分前に勝手に目が覚める。アラームが正しく鳴るまでは、眠気を喉に詰まらせたままベッドの中で動かない。
AM4:45 清々しい和音でゆったりとした音楽が鳴り出す。最近のスマホでは「優しく起こすため」の目覚め用アラーム音が設定できるが、慣れてくればこれらもアナログの目覚まし音も大して変わらない。どっちも鳴れば憂鬱だしムカつく。
AM5:50 6時すぎの電車に乗るために家を出る。冬場はまだ真っ暗で凍てつく寒さ。
雑なドライヤーのせいでまだ少し湿っている髪にさらに寒さが染み込む。
AM6:05 最寄駅から電車に乗る。乗り換えまでたった5分、それでも座りたいと思うけど、もちろん今日も空席はない。みんなほんのり、空気に触れたばかりの整髪料、化粧品、香水の匂いをまとっている。
AM6:10 大きな駅で電車の乗り換え。部活の朝練に向かう学生だけが生気を放っている。いつも乗り込む車両位置まで早足で向かい、列に並ぶ。
AM6:12 心を無にして快速電車に乗り込む。すでに全座席に人が座り、その前には人が立ち、ドア側の人たちはそんな簡単に押されるまいと体を強張らせ、車内中程の人たちは無意識にホームに並ぶ人の数を目で追う。なぜか今日は人が多い。「東京の奴隷船」こと超満員電車を避けるために早起きしているのに、こういう日は朝からテンションが下がる。
AM6:14 車内で本を読もうか一瞬迷うが、今日も表紙すら開かず。惰性のままにイヤフォンを装着し、体を縮こませてダウンビートのアルバムを聴く。隣の人の大きな鞄が腕に当たるので、睨み返そうと顔を上げると、その人は目の下に青黒いくまをこさえて立ったまま居眠りしている。怒りが鎮まり音楽に気を戻す。
AM6:40 やっと降車駅に辿り着く。少しずつ頭と体があったまってきて、今日やるべきことを整理し始める。5つある改札の右から2番目を通り抜けるのが毎朝の儀式になっている。
AM6:50 オフィス近くのカフェに入る。豆乳ラテのMサイズとベーグル頼むと、馴染みの店員さんに愛想良く挨拶をして、口角を少しあげたまま飲み物が仕上がるのを待つ。ここで今日の笑顔カウンターが1カウントされる。
AM7:00 人が少ない窓辺の席を確保し朝食を摂る。会社のパソコンを起動させてメールを確認する。いつも長文ばかり送ってくる奴のメールに苦々しい思いで目を通す。多分こいつは格助詞が何かも知らないし、主語と述語の基本構造すら理解していない。
AM7:50 豆乳ラテも残り少なくなり、メールも一通り返信し終える。私の1日はここで終わってもいいんじゃないか。すでに疲労感が腰くらいまで漂っている。カフェの外は人通りが多くなり、満員電車の毒気を抜きながらサラリーマンたちがそれぞれの戦場へ向かっている。それを横目にスマホを取り出しインスタやTwitterを眺める。Tiktokを始めた方がいいのかぼんやり考える。
AM8:15 カフェを出てオフィスに向かう。朝の冷気に少し背筋がしゃんとなる。会社に着くこの5分そこそこで戦闘態勢が整う。脳内が労働モードに切り替わり、考え事は今日の営業先に提出する資料の選定になる。

PM6:15 見積書を作成しているが、2時間ほど前にすでに集中力は充電切れ。定時を過ぎていつ帰ろうかタイミングを見計らっていたら、めんどくさい見積もり押し付けられた。こういう状態で数字や事務書類を扱うと大抵ケアレスミスをしているし、もう時間も時間なんだから明日に回してもいいじゃないか。「メールは即返信」「電話ばかりかけてくる人は無能」とかなんとか啓蒙ビジネス書ばかり読んでる上司にとっては、質より速さなのだ。時々賛同できることも言うけど、今はただひたすらうざい。「できる上司はさっさと仕事を終わらせて定時で帰れ。」
PM6:45 やっと退勤。外出すると運動後のような爽快感があるのに対し、内勤の日は人の邪魔ばかり入って自分の仕事が進まないから苛立ちばかり溜まる。もっとアポを増やそう。
PM7:00 電車に乗り込むと同時に入り口横の席が空いた、ラッキーである。脇目も触れず一直線に席に座り込むと、鞄を抱え込んで居眠り態勢に入る。目を瞑ってため息をつくと、膨張した脳の空気が抜けていくようである。
PM7:25 乗換の駅に到着。少し昼寝(夜寝?)もできて、副交感神経優位になってきているのを感じる。ふわふわした頭のまま改札を出て、駅ビルに入る。エントランス付近の花屋さんに青くて小さな花が売っている。その隣の大きな白い花との組み合わせに見惚れてしまう。
PM8:15 目玉焼きののった焼きそばパックを入れた袋、もう片方の手には白と青の花が一輪ずつの慎ましい花束を握ってもう一度改札をくぐる。実は鞄の中には、衝動買いしたサンダルウッドベースのアロマオイルと、インスタで見て狙っていた限定色のチークと、同じブランドのフェイスパウダーが入っている。
PM8:40 両手に荷物を持っているためもたつきながら鍵を開け、やっと帰宅。キッチンスペースに焼きそばを置き、鞄をベッド横に放り投げると、埃をかぶった花瓶を綺麗にして買ったばかりの花を活ける。
PM9:00 化粧も落として部屋着に着替え、大きなリボンのついたタオル地のヘアバンドで顔まわりの髪を全てのけると、電子レンジでチンした焼きそばを食べ始める。パソコンでYoutubeを開いて、キャンプ用品を駆使しながら自然の中で食事を摂る動画を視聴する。この動画を見るのはもう3回目。
PM9:30 歯磨きを済ませてベッドに横になる。部屋の電気もすでに常夜灯。スマホでネットサーフィンをしているうちに瞼が落ちて、知らないうちに眠っている。
都会サラリーマンは田舎キャンプの夢を見る。

